まだ観光地化されていない町・「与那原町」に首里城の瓦を作る職人がいた。―八幡瓦工場―

まだ観光地化されていない町・「与那原町」に首里城の瓦を作る職人がいた。―八幡瓦工場―
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沖縄といえば「青い海」、賑やかな「国際通り」そして「沖縄美ら海水族館」を思い浮かべ、そういった場所に人は集まります。でも那覇から車でわずか15分の場所に、ガイドブックにも観光マップにも載っていない町があるのです。「与那原町」です。
この町の一角に創業75年の瓦工場「八幡瓦工場」があります。観光客はほとんど訪れない。工場見学もやっていない。それでも取材に向かったのは、“沖縄らしさ”の源泉がここにあると思ったからです。

与那原町という場所

与那原町_海

与那原町は、沖縄本島の南東部に位置する小さな町。人口は約2万人。海に面しており、かつては物資の集積地として栄えた歴史を持っています。
観光地化された那覇の喧騒とは無縁の、静かな生活の匂いがする町。商店街を歩けば地元の人たちの日常がある。海を見れば、リゾート感のない、本物の沖縄の海がある。ここには「見せるための沖縄」ではなく、「生きている沖縄」があるのです。

75年、この場所で焼き続けてきました

八幡瓦_八幡社長
八幡瓦_外観

八幡瓦工場は、創業から75年をこの与那原町で過ごしてきました。もともと畑だった土地に工場を構え、ずっとここで瓦を焼き続けてきました。その歴史の重みは、工場の佇まいからも伝わってきます。驚くのは、その納品先です。公共施設やホテルへの納品はもちろん、首里城の瓦もこの工場が手がけています。2019年の火災で焼失し、復元が進む首里城。その屋根を彩る赤瓦の一部が、与那原町のこの工場から生まれています。観光客が「美しい」と写真を撮る首里城の瓦が、観光ルートから外れたこの工場でつくられている。その事実は、どこか沖縄の深さを象徴しているように思えます。

沖縄の土が、あの赤をつくる

八幡瓦_土

八幡瓦工場の瓦が特別とされるのは、素材選びの段階から徹底してこだわっているためです。使用する土は、南部一帯で取れたクチャ。その土に少しだけ、うるま市周辺で採れる沖縄固有の赤土を混ぜる。この混ぜた土で、沖縄の瓦特有の色と質感を生み出します。
本土の瓦とは、形も素材も製法も異なる。沖縄の強烈な台風、高温多湿の気候、潮風——そういった厳しい自然環境に耐えるために、独自の進化を遂げてきたのです。シーサーを乗せる屋根のつくりに合わせた形状など、琉球建築との深い関係性も持っています。
「沖縄らしい赤」は、沖縄の土から生まれる。シンプルですが、それがすべてなのです。

1ヶ月かけて、500枚

製造工程は、時間との戦いでもあります。土を採取し、成形し、乾燥させ、窯で焼き上げる。この一連の工程に、約1ヶ月かかります。急げばいい、というものではない。乾燥が不十分なまま焼けば割れてしまう。職人の感覚と、時間だけがいい瓦をつくるのです。
1日に生産できるのは約500枚。失敗作は容赦なく破棄されます。妥協して市場に出すという選択肢は、この八幡瓦工場にはありません。
手仕事の部分を担う職人は、現在、社長ただひとり。後継者の育成は「伝統継承者育成事業」を通じて取り組んでいますが、一人前になるには最低でも1年以上の修行が必要だといいます。技術は、簡単には伝わらない。それでも、伝統継承をするために、職人を育成に励んでいるようです。

知ってほしい、ただそれだけです

現在、八幡瓦工場では一般向けの工場見学は行っていません。つまり、この記事を読んでも、あなたはここに「行く」ことはできない。でも、編集部の私はそれでいいと思っています。
沖縄を旅するとき、赤瓦の屋根を見上げることがあるでしょう。首里城の復元された美しい屋根に感動することがあるでしょう。そのとき、少しだけ思い出してください。与那原町の、まだ観光地化されていない静かな町で、ひとりの職人が1ヶ月かけて焼いた瓦が、その屋根を支えているということを。

与那原町_八幡瓦使用の建造物

八幡瓦工場
沖縄県島尻郡与那原町
※現在、一般向けの工場見学は行っていません。

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